まだ名前のない一歩は、何よりのおまもり

朙さんが編んだあの文章を読んで、朙さんの人柄に心が動いて、とても良かった。

そして同時に
あの日のことを、とても喜ばしい形で持ち帰ることができたんだなって安堵した。

自分にとっても、あの日のハイライトは新曲「26(仮)」と、ラストの朙さんとaiRinaさんのギターだった。

ライブが終わって最初に書いた感想でも、その場面に触れている。
https://x.com/utanojikan25/status/2085109243557052649?s=20

なんだか妙にドキドキしたし
わくわくした。語彙力(笑)

その理由を、あの日の自分は深くは知らなかった。
数日経って、冒頭の朙さんの文章を目にする。

「私のスキルじゃ」
「もっと上手くなってから聴いて欲しい」

そんなふうに思っていたんだ。

そしてaiRinaさんとらっきょさんが、
優しく合わせながら引っ張ってくれたことで、
あの場所まで行けたんだってこと。

あのとき見えていたものの向こう側には、
そんな時間があったんだなと思った。

できるようになってから人前へ出たい。
たぶん、それ自体はとても普通の感情だと思う。

でも、まだ少し怖さが残るところへも
誰かと一緒だから行けることもある。

『ゴースト』では「一歩が出ない」と歌っていた人が、
あの日は本当に一歩、前へ出ていた。

そしてさらに心を動かしたのが
朙さんの文章は、自分の成果として終わっていないところ。

らっきょさんがいて
aiRinaさんがいて
そこに来た人たちがいて
気にかけていた人がいて。

文章が進むほど
あの日を作った人がどんどん増えていく。

最後には、「ふたりで、さんにんで、どんどんたくさんの関わってきてくれたみんな」になっている。

こういうところを読むと、
やっぱり『余白』を思い出してしまう。

人からもらったものを、
簡単には忘れない素敵な人という印象は、朙さんを知った当初からあった。

だから
「音楽人生の宝物として、ずっと心のど真ん中に持っていたい日」
という言葉が、すっと入ってきた。

そしてもう一つ。

朙さんは客席の顔を見ながら、
これからやりたいことのヒントもたくさんもらった、と書いている。

演者がパフォーマンスを繰り出し
客席が受け取って
その顔をまた演者が受け取る。

あの日のラストには、
そんな往復が、とても分かりやすい形であった。

楽しかった。

そういうシーンをひとつでも多く残したくて
自分は、写真や動画を撮る。音も録る。
いろんな機材を使ってみるけど
それでも、やっぱりどうしてもライブのあの感覚や空気を切り取ることはできない。

あの場でしか分からない空気、熱。
人が一歩踏み出したときに、ほんの少し変わる空気。
たぶんみんな、それらが好きでライブハウスに集まっているんだと思う。

年末の大事な日へ向かっていく途中に
こんな素敵な夜があったことが純粋に嬉しい。

それを作り上げたステージの上のみなさんがキラキラして見える。
そして誇らしさすら感じる。

なんて素敵な道のりなんだろう。

あのライブ、あの夜のことを、もう少しだけ大切に覚えていたくなりました。
ありがとう!